大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)71号 判決 1986年7月01日
控訴人・附帯被控訴人 京都府
代理人 矢野敬一 吉田顕三 ほか四名
被控訴人・附帯控訴人 太田正夫
主文
原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。
被控訴人(附帯控訴人)の請求及び附帯控訴を棄却する。
被控訴人(附帯控訴人)は控訴人(附帯被控訴人)に対し金三六〇万二八三五円及びこれに対する昭和五八年八月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て
控訴(附帯被控訴)代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決を次のとおり変更する。控訴人(附帯被控訴人、以下、単に「控訴人」という。)は被控訴人(附帯控訴人、以下、単に「被控訴人」という。)に対し、金一〇三四万円及びこれに対する昭和五一年一一月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
第二当事者双方の主張
一 次のとおり付加、訂正し、また、当審において控訴代理人が原判決の仮執行により支払つた金員の原状回復及び損害賠償を求めたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決四枚目裏六行目から七行目にかけて「被告府の知事(以下単に被告知事という)」とあるのを「京都府知事」と改める。
2 同一〇行目、六枚目裏六行目、一〇行目、七枚目裏七行目、八枚目表八行目、同裏七行目、末行九枚目裏三行目一〇枚目表三行目、七行目、一三枚目裏四行目、一四枚目表一〇行目、同裏七行目、一七枚目表初行、五行目、一〇行目、二〇枚目裏三行目、五行目、六行目、二一枚目表五行目、七行目、末行、同裏初行、四行目、二二枚目表七行目、同裏九行目の各「被告知事」とあるのをいずれも「京都府知事」と改める。
3 同一〇枚目裏二行目と三行目の間に改行して「5 控訴人は、国家賠償法三条一項にいう公務員の選任もしくは監督に当る者又は公務員の俸給、給与その他の費用を負担する者に該当するので、被控訴人が被つた前記損害を賠償する責任がある。」を加える。
4 同一五枚目裏一〇行目の「先する」とあるのを「生ずる」と改める。
5 同一八枚目裏四行目の「本件の場合には、」から一〇行目末尾までの記載を、「そのような場合の要件としては、少なくとも、(1)具体的な事情のもとにおいて取引関係者に損害の生ずる危険が差し迫つていること、(2)知事においてその権限を行使することが容易であること、(3)右権限の行使により危険を有効適切に除去できること、(4)取引関係者として右権限の行使を期待することが制度の趣旨に照らして相当であること、(5)被害者の努力ではその防止がほとんど不可能であること、が必要であるところ、本件においては右(2)、(3)の要件が欠けていることが明らかであるから、京都府知事の権限不行使が違法となる余地はない。
6 同二三枚目裏六行目冒頭から二四枚目表初行末尾までの記載を、「2 また、次に述べるとおり、仮に京都府知事によつて宅建業法上の権限が行使されていたとしても被控訴人主張の損害の発生を防止することは不可能であつたから、右損害と知事の権限不行使との間には相当因果関係がない。すなわち、(1)宅建業者に対する免許取消処分を行つた場合、建設大臣又は都道府県知事は取引関係者の保護をはかるため宅建業法七〇条一項及び建設省令の定めるところによりその旨を公告することになつているが、一般に府や県の公報を実際に見る者は非常に少なく、免許を取り消された業者がそれ以後営業を継続していても購入者にはわからないのが現状であり、また、都道府県知事は業者の事務所の閉鎖等の物理的な強制力を持つていないから、経営不振に陥つた業者に対し、知事が宅建業法に基づく処分を行つたとしても、特定人の被害を防止することは事実上不可能に近い。(2)本件売買契約は昭和五一年九月四日締結されているところ、宅建業法七六条によれば免許の取消しがされた場合でも既契約に基づく取引を結了する目的の範囲内においてはなお宅地建物取引業者とみなされ、したがつて、京都府知事が右契約締結後免許取消しをしたとしても、(有)誠和住研は中間金の受領を禁止されない。また、業務停止についても処分は以後の新たな契約にかかる営業活動を禁止するものであり既に締結された契約の履行までも禁止するものではなく、さらに、手付販売禁止等の一般的指示を行つたとしても、既に契約ずみの被控訴人の中間金受領を阻止することは不可能である。また、京都府知事が被控訴人の中間金三九〇万円の損害の発生防止について有効適切な指示、処分を行うためには、(有)誠和住研が被控訴人に対しどのような態様の宅建業違反を行つているのかを熟知している必要があるところ、被控訴人が京都府知事に相談にきたのは昭和五二年五月四日であるから、京都府知事としてはそれまで両者の関係を知らされておらず、したがつて、(有)誠和住研に対し昭和五一年一一月二五日の中間金受領時までに具体的、個別的な指示をすることは不可能であつた。(3)宅建業法による免許は宅建業者の無免許営業行為又は免許を受けた宅建業者の宅建業法違反行為の前提となるという意味及び範囲においてのみ宅建業者の違法行為の法律上の原因となるにすぎないのであつて、免許がなければ事実上宅建業を営むことができなくなるとか、その取引の相手方に対し不正又は不当な行為あるいは不法行為を行うことができなくなるという意味での事実上の抑制力をもつものではないから、免許を付与したか否か、あるいは免許の取消しをしたか否かと宅建業者が取引の相手方に対して損害を加えるような不法行為を行うこととは法律上も事実上も因果関係はない。」と改める。
二 (仮執行の原状回復及び損害賠償についての控訴人の主張)
控訴人は、昭和五八年八月二日、原判決の仮執行により三六〇万二八三五円を被控訴人に対して支払つた。よつて控訴人は右仮執行の原状回復及び損害賠償を受けるため、右三六〇万二八三五円及びこれに対する右支払いをした日の翌日である同月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
三 (仮執行の原状回復及び損害賠償についての控訴人の主張に対する被控訴人の答弁)
控訴人からその主張の日に主張の金員の支払いを受けたことは認めるが、仮執行に基づくものではなく任意に弁済を受けたものである。
第三証拠<略>
理由
一 <証拠略>によると、次のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 (有)誠和住研は実質上大野の経営するところであり、昭和五〇年ころ以降は多額の負債をかかえその額は昭和五一年七月現在で実質七〇〇〇万円を超える状態であつた。大野は、いわゆる手付売買と称せられる、他人の所有不動産を代金の約一割程度の手付をうつて売却する権限を与えられたうえこれを(有)誠和住研の所有物件として顧客に売却し顧客より取得した代金のうちから所有者に代金を支払いその差益を得るという方法で営業を継続していたが、昭和五一年ころからは旧債の返済に追われて所有者への代金の支払いができなくなつたため物件の所有権の取得もできなくなり、いきおい顧客に対する物件の所有権の移転も代金の返還もできなくなることが多くなつた。
2 本件建物は株式会社日建開発所有の本件土地上に株式会社山成が建築した建売住宅であるが、大野は手付売買の方法によりその売買の権限の付与を受けたうえこれを(有)誠和住研の所有物件である旨の広告をして売りに出した。右広告によつて本件土地建物のことを知つた被控訴人は、昭和五一年九月三日、これを(有)誠和住研の所有物件と信じて代金一〇五〇万円で買い受け、大野の求めるままに同日手付金一〇〇万円のうち五万円を申込金として、翌日手付金残金及び中間金として計三四五万円を支払い、その後同年一一月二五日、直ちに所有権移転登記手続をするとの大野の言を信じその要求するところにしたがつて更に中間金として三九〇万円を支払つた。ところで、当時大野は前記のとおり多額の債務の支払いに追われていたため、被控訴人から代金の支払いを受けてもこれを右旧債務の弁済に廻わさなければならず、所有者に本件土地建物の代金を支払つてその所有権を取得し被控訴人に移転することができる可能性はほとんどなかつたにもかかわらず、被控訴人には本件土地建物が(有)誠和住研の所有であつてその移転をすることができるかの如く不実の事実を告げて売買契約を締結し、以上のとおり合計七四〇万円の支払いを受けたものであつて、結局右支払いを受けた代金を他に流用してしまつたため、被控訴人は、本件土地建物の所有権を取得することができず、また、右七四〇万円の返還を受けることもできなくなつて同額の損害を被つたものである。
二 本訴において被控訴人が控訴人の国家賠償法上の責任原因として主張するところは、これを要するに、京都府知事は、(一)少なくとも過去により、宅建業法五条の規準に違反して昭和四七年一〇月二三日、(有)誠和住研に宅建業の免許を付与し、昭和四八年一一月八日、大野自身が同社の代表者として届け出でられた時点で右免許を取り消さず、更に昭和五〇年一〇月二三日にこれを更新した違法行為、及び(二)遅くとも昭和五一年三月ころには(有)誠和住研による取引上の被害発生の事実を覚知し、かつ、同年七月ころには右被害が多発していることが判明していたのであるから、遅くとも同年八月末までには同社に対して宅建業法六五条、六六条による業務の停止若しくは免許の取消処分を行うべきであつたのにこれら宅建業法上の監督義務を怠り、大野の詐欺行為による被害が続発するのを昭和五二年四月七日の免許取消処分に至るまで放置していた過失によつて、被控訴人に前記損害を与えたものであり、国家賠償法一条一項に基づき同法三条の費用負担者としての控訴人に対して右損害の賠償を求めるというのであるが、当裁判所は以下に説示するとおりいずれも理由がないものと判断する。
三 (京都府知事の免許付与等についての責任)
国家賠償法一条一項は国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に対し損害を加えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであり、したがつて公権力の行使に当たる公務員の行為が当該国民に対して違法性を有するといえないときには国又は公共団体は同項の責任を負うことはないものといわなければならない。
宅建業法五条一項(昭和五五年法律第五六号による改正前のもの)が知事等に対し同項各号所定の一に該当する者に対して免許を付与してはならない旨を規定していることは原判決の説示するとおりであるが(原判決三〇枚目裏六行目冒頭から同三二枚目表六行目末尾まで)、右制度の直接の目的とするところは、宅地建物取引の安全を害するおそれのある宅建業者の関与を未然に排除することにより取引の公正を確保し、宅地建物の円滑な流通をはかるという公益目的の達成を期するところにあるというべきであり、その窮極の目的とするところが宅地建物につき業者と取引関係に入る者が被るおそれのある損害の発生を未然に防止してその財産上の利益を保護することにあるとはいいえても、かかる損害発生の蓋然性が具体化する以前の段階における右利益はそれ自体一つの抽象的な可能性にすぎず、前記取引の公正の確保という公益目的に包摂されるものというべく、したがつて、右の段階においてはこれら宅地建物について業者と取引関係に入る者が業者の不正な行為により被る具体的な個別の損害が右制度の保護法益をなすものとはいえないと解するのが相当である。
本件において、京都府知事が昭和四七年一〇月二三日、(有)誠和住研に免許を付与してから昭和五〇年一〇月二三日にこれを更新するまで、(有)誠和住研又はその実質上の経営者である大野の不正行為による具体的な取引上の被害が発生した事実は後記四の2の事実以外にはこれを認めるに足りる証拠がなく、右事実もその後の経緯に徴すると未だ右具体的な取引上の被害発生の蓋然性を示すものとはいえない。したがつて、被控訴人主張の京都府知事が昭和四七年一〇月二三日、(有)誠和住研に宅建業の免許を付与し、昭和四八年一一月八日、大野が同社の代表者として届け出でられた時点で右免許を取り消さず、更に昭和五〇年一〇月二三日にこれを更新した行為が宅建業法五条一項に違反するものであるとしても、被控訴人に対する関係で違法性を有するとはいえないものというべく、控訴人が京都府知事の右行為によつて国家賠償法上被控訴人の被つた前記損害を賠償する義務を負うものとは解することができない。
四 (京都府知事の(有)誠和住研に対する監督処分権限の不行使による責任)
宅建業法が免許制度を設けるとともに宅建業者に対する種々の行為規制を定め、その実効を確保するために建設大臣又は都道府県知事に対し免許取消しを含む監督権限を付与していることは原判決説示(原判決四四枚目表八行目冒頭から四六枚目表初行末尾まで)のとおりである。被控訴人の所論は、京都府知事は少なくとも昭和五一年三月ころには(有)誠和住研による取引上の被害発生の事実を覚知しており、かつ、同年七月ころには右被害が多数かつ多岐にわたつていることが判明していたのであるから、遅くとも同年八月末までには同社に対して右説示にかかる宅建業法六五条、六六条による業務の停止若しくは免許の取消処分をすべきであつたのに右監督権限の行使を怠つた違法があることを理由として控訴人に対し国家賠償法一条一項に基づく損害の賠償を求めるというのである。
おもうに国家賠償法一条一項の公務員の違法行為には作為のみならず不作為も含まれることはもちろんであるが、法令上公務員に一定の権限が与えられその行使が公務員の裁量に委ねられている場合には、右裁量が「著しく合理性を欠くとき」即ち、生命、身体、財産に対する差し迫つた危険が存し、行政裁量権限の行使がその損害を回避するための適切な一方法であり、かつ、行政が容易にその方法をとることができ、被害者が行政にその方法をとることを期待することが客観的事情からみてやむをえないようなときにのみ行政権の裁量権限不行使が違法になると解するのが相当である。
いまこれを本件についてみるのに、<証拠略>を総合すると、次のとおり認められる。
1 控訴人においては京都府知事は宅建業者に対する監督事務を京都府土木建築部建築課宅建業係に担当させている。
2 控訴人の担当職員に対して(有)誠和住研の取引関係者から同社に対する取引上の苦情の申出が最初にあつたのは昭和五〇年九月一〇日であるが、その内容は取引対象土地の地積に偽りがあつて取引代金の一部につき詐欺被害を受けたので同社及び同社の取引主任者を詐欺罪で京都地方検察庁に告訴したが京都府知事においても宅建業法に基づく厳重な指導、監督をしてもらいたいというものであつた。控訴人の担当職員は昭和五一年一月一〇日、大野を出頭させて事情聴取を行つたが、双方の主張にくいちがいがあり、ことの真偽を決することができなかつたところから、同月一九日、京都地方検察庁へ照会したところ、告訴事件は受理されているが未だ事件の処理には至つていないことを確認したので、その処分結果を待つこととした。ところがその後において告訴人側からなんらの苦情申出もなく、検察庁からの連絡もなかつたので事件は落着したものとして処理した。
3 その後同年七月ころまでに(有)誠和住研の取引関係者から同様の苦情申出が三件あつたが、いずれも行政指導により解決をみた。
4 控訴人の担当職員は、(有)誠和住研に対する右のような苦情申出がされ、また、同社から取引主任者退職の届出があつたところから、昭和五一年七月八日に同社への立入検査をし、取引主任者の不在を指摘してその補充及び新規契約締結禁止を指示するとともに同社の代表者に出頭するよう指導した。同月九日、同社代表者西口年寿及び大野が右指導に応じて出頭したので、担当職員は、同社が取引主任者不在のまま営業を行つていたことなどについて厳重に注意し、今後このようなことがないように誓約させ、翌一〇日にその旨の顛末書を提出させた。なお、取引主任者についてはその後同月一六日に同社から新取引主任者についての変更届が提出された。
5 同年七月中にも新たに四件の苦情申出があり、同月二九日、右苦情申立者の一人である中山晋から担当職員宛てに(有)誠和住研との交渉の経緯についての連絡があつた。また、担当職員に対して被害の救済を求める指導要請があり、特に被害者の一人である南達雄から同社に対する代金返還要求交渉につき控訴人に協力を求められたので、担当職員は、被害者救済の見地から、同年八月四日、京都府庁内に会場を設けて交渉の機会をあつせんし、その結果被害者らと大野との間で大野が紛争解決の資金を知人から融資を受ける努力をすることが確認され、担当職員は大野からその方法について事情聴取した。なお、右話合いの結果に基づき被害者らからは控訴人に対し、右紛争解決の方法による被害者の救済が実現されるまでは(有)誠和住研に対する業務停止、免許取消等の行政処分をしないでもらいたいとの要望がなされている。
6 控訴人の担当職員は、その後も被害者救済に必要な(有)誠和住研に対する融資の可能性ないしその実行につき同社に逐一報告を求めその推移を見ていたが、同年八月中にも新たに三件の苦情申出があり、更に九月にも新しい苦情申出が一件あつた。
7 同年九月八日、前記中山晋から、(有)誠和住研が後見人をたて、同人から資金援助を受ける計画の進展がみられるので右再建計画の成否が明確になるまで業務停止、免許取消等の行政処分をしないでほしい旨の要望があり、その後大野からも担当職員に対し、三木義隆を後見人とすること及び当面は全額返還はできないけれども被害者に対し受領金の一部を返還する旨の報告があつたので、担当職員は大野に対し事情聴取のため同年一〇月四日に出頭するよう求めた。
8 同年一〇月になつて(有)誠和住研に対する二件の苦情申出があつたが、そのうちの一件は担当職員の指導により解決した。また、同月二五日には被害者の一人である松島一祐から同社の後見人である三木義隆が前記中山晋に渡したという同社の再建計画文書が提出された。
9 しかしながら、控訴人の担当職員は同社の再建計画が不確実であり、また、同社に対する取引関係者の新たな苦情申出が九月以降も後を断たない状況にあることなどから、同年一〇月二五日に至り同社に対して監督処分をする必要があると判断し、処分するに必要な資料の収集、整理など処分の準備を進めることとし、同年一一月一五日には右事実を整理したうえ同社に対する宅建業法六五条、六六条所定の監督処分を行うための同法六九条一項による公開聴聞を同年一二月一七日に行うことを決定した。
10 右公開聴聞には(有)誠和住研代表者の代理人として大野が出頭し聴聞に答えたが、同人は宅建業法の規定に違反する疑いのあつた事実の全部について違反を認めたので、京都府知事は、昭和五二年四月七日、同社に対する宅建業の免許を同法六六条九号の規定に基づいて取り消した。
以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで京都府知事が(有)誠和住研とその被害者らとの交渉の経過をみまもりながら被害者救済の可能性を模索しつつ行政指導を続けてきたが、遂にその見込みがないと見極めて同社の宅建業免許取消しに至つた右認定にかかる経緯に、被控訴人が同社との本件取引によつて侵害された法益の性質、被控訴人の被つた右損害は、京都府知事の監督権限の行使がなければ通常の手段では除去できないような性質のものとはいい難いこと、知事が宅建業法六五条、六六条所定の業務停止、免許取消しの監督処分を行うためには同法六九条一項により公開聴聞の手続を必要とするとともにこれら処分を行うに当たつては右処分を受ける側の利益が不当に侵害されることのないように慎重に処理しなければならないことなどの事情を併せ勘案すると、少なくとも被控訴人が中間金三九〇万円を支払つた昭和五一年一一月二五日までに京都府知事において業務停止若しくは免許取消しなどの監督処分をすべきことを期待するのが客観的事情からみてやむをえないものとは未だいうことができず、その権限不行使が「著しく合理性を欠くとき」に当たるとはいえないと解するのが相当であり、したがつて所轄同知事の監督処分権限不行使に国家賠償法一条一項の違法性があるとは認められないものというべく、控訴人が同知事の右権限不行使によつて国家賠償法上被控訴人の被つた前記損害を賠償する義務を負うものとはいえない。
五 以上のとおりであつて、被控訴人の本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却すべきものである。したがつて、右と結論を異にする原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由がないのでこれを棄却することとする。
六 (民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて)
控訴人が右申立ての理由として主張する事実のうち、被控訴人が控訴人からその主張の日時に主張の金員の支払いを受けたことは被控訴人の争わないところであり、本件原判決中控訴人敗訴部分が取消しを免れないことは前記説示のとおりであるから、原判決に付せられた仮執行宣言が効力を失うべきことはいうまでもなく、したがつて右仮執行宣言に基づいて給付した三六〇万二八三五円の返還を求めるとともにこれに対する給付の翌日である昭和五八年八月三日から返還ずみまで民事法定利率たる年五分の割合による損害金の支払いを求める控訴人の申立てはこれを正当として認容しなければならない。なお、被控訴人は、右金員は仮執行に基づいて給付を受けたものでなく任意に弁済を受けたものであると主張するが、被告が、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起したのちに、同判決によつて履行を命じられた債務につきその弁済としてした給付は、それが全くの任意弁済であると認められる特別の事情のない限り、民訴法一九八条二項にいう「仮執行ノ宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にあたると解するのが相当であるところ、本件において右特別の事情のあることを認めるに足りる資料はない。
七 よつて民訴法一九八条二項、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 乾達彦 東條敬 馬渕勉)